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2026.10.26

人生、好きなことだけをやる。46歳、海辺で暮らす男の生き方。

福岡・糸島の海辺にあるBeach Cafe SUNSET。ここで20年近く働く46歳のストアマネジャー、武蔵 巧さんに、店のこと、ここにたどり着くまでの道のり、いま夢中になっているワインづくりについて聞きました。

Beach Cafe SUNSET|糸島の海辺で36年

Beach Cafe SUNSETの店内に立つ武蔵 巧さん

動画 1:30〜|お店の紹介

――今日初めてここに来たのですが、まずこの夕日の美しさに感動しました。毎日こんな場所にいて、飽きないですか?

武蔵 巧
武蔵 巧(Beach Cafe SUNSET ストアマネジャー)飽きないですね。特に夏の時期は目の前に夕日が沈むので、今が一番いい時期です。

もともとはここから100メートルほど先の場所に10年ほどお店があって、そこから今の場所に移って25年ほどになります。1990年にオーナーが建てたので、もう36年ですね。当時は糸島にお店もほとんどなく、このアスファルトの道もまだガタガタで、本当に人がいなかったと聞いています。

――どういう雰囲気でつくられているんですか?

武蔵 巧
雰囲気は、オーナーの趣味でもあります。当時オーナーがサーファーで、インドネシアなどによく行っていたので、アジアンな雰囲気のものや貝殻なども置いて、なるべくリラックスして海を感じてもらえる空間をつくっています。

――料理はどういうスタイルのものが多いんですか?

武蔵 巧
料理も海を感じてもらいたくて、ハワイのロコモコや、レゲエのイメージが強いお店だったのでジャークチキンなどがあります。最近は地元で採れる野菜にも興味があって、旬のものに自分たちで育てたハーブやお花を添えた「本日のローカルサラダ」も出しています。

糸島は魚介もたくさんあるので、地のお魚や、冬なら牡蠣。糸島は鯛がすごく有名なので、カルパッチョや魚介のパスタはお客様にとても人気があります。

訪問販売から焼き鳥屋へ|「また来るけんね」がうれしかった

インタビューに答える武蔵 巧さん

動画 4:16〜|訪問販売員時代

――ここで働いて、どのくらいになりますか?

武蔵 巧
ここでは20年近く働かせてもらっていて、今46歳です。出身は宮城県の松島町。同じ海沿いの、日本三景の松島です。糸島のように、中心部から車で1時間ほどで海が広がる街です。

――福岡に来てから、このサンセットで働くまで、どんな道を歩んできたんですか?

武蔵 巧
福岡に来て最初は、浄水器の訪問販売の仕事でした。半年ほどでやめましたね。ドアを叩いては嫌な顔をされて、いいよいいよと断られる。それが本当にきつくて、違う仕事に就きたいと思いました。

一人暮らしでお金もかかるので、まかないがあるところを探して働かせてもらうことになったのが焼き鳥屋さんです。18歳くらいで飲食業界に入りました。

それまでは門前払いされる仕事だったのが、急にお客さんがすごく楽しそうにしていて、活気がある。逆にお客さんから「今日もおいしかったよ」「また来るけんね」と言っていただけるのがすごくうれしくて。接客業っていいなと、飲食の良さにハマっていきました。

バーテンダー時代|お酒と接客の楽しさを教わった

当時をふりかえる武蔵 巧さん

動画 6:35〜|「好き」を見つけたきっかけ

武蔵 巧
ちょうどダイエーホークスが初めて優勝した時、焼き鳥屋のメンバーでたまたま入った居酒屋が満席で、相席になったんです。座っていたのが、天神でバーテンダーとして働いている男性2人でした。

一緒に「ホークスおめでとう」と乾杯して、すごく仲良くさせていただいて。それからその方に会いにバーへ通うようになり、気づけば焼き鳥屋さんを辞めて、そちらでお世話になっていました。二十歳くらいの頃です。

――バーで働きながら、熱中していたことはあったんですか?

武蔵 巧
高校生の頃から音楽が好きで、バーでも音楽やBGMに興味がありました。高校を卒業してすぐこっちに来たので、大人と接することもあまりなかった。いろいろな方がお酒を楽しんで、どんどん陽気になっていく。そういうお酒の世界を、そこで初めて知りました。

今の飲食の基盤になったのは、そのたまたまの出会いです。お酒の楽しさ、接客の楽しさを教えてくれたのはその方ですね。

レコードやクラブミュージックも、サンセットに入る前から好きでした。個人的に集めていたレコードをほとんど持ってきていて、気が向いたら並べて流したりもしています。

アジアを半年旅して|言葉が通じなくても優しくしてもらった

バーカウンターでドリンクを作る武蔵 巧さん

動画 9:05〜|アジアでのバックパッカー経験

武蔵 巧
その後は、ずっとバックパッカーに憧れがあったので、23歳でそのお店を辞めて、アジアを旅しました。何かを学ぶというより、いろいろな世界を見てみたかったんです。タイ、ラオス、カンボジア、インド、パキスタンと、半年ほどです。

――半年間アジアを回って、どんなことが印象に残っていますか?

武蔵 巧
英語も全然できないので、本当にボディランゲージだけ。それでもいろいろな人に優しくしていただいて、道を聞いたら連れて行ってもらったり、お家に招待されてご飯を食べたり。同じ世代で何かを吸収しようとしている人が多くて、自分の知らない世界をたくさん教えてもらいました。

波の音が聞こえる席|流木で囲んだテラス

流木で囲まれたテラス席から見える糸島の海

動画 10:27〜|海に面したテラス席

武蔵 巧
夏のこの時期は、バーベキューをしたりもしますが、基本はお客様にゆっくり過ごしてもらう場所です。

――ここは涼しいですね。波の音がすごくダイレクトに聞こえます。

武蔵 巧
本当に贅沢な時間ですよ。ここに夕日が沈むんです。もともとは装飾も何もしていなかったのですが、野外音楽フェス、SUNSET LIVEのステージの装飾チームのメンバーに相談して、流木をどんどんつけていきました。

Beach Cafe SUNSETへ|野外で音楽を楽しむ衝撃

Beach Cafe SUNSETで働くことになった経緯を話す武蔵 巧さん

動画 11:16〜|Beach Cafe SUNSETにたどり着くまで

武蔵 巧
半年のバックパッカーから戻ってきたのは、地元の宮城ではなく福岡でした。福岡という街がすごく面白いと思っていたんです。

バーテンダー時代に、西の方で面白いイベントをやっている飲食店があるから出店してみたら、という話をいただいて。実際にこのサンセットに電話して、SUNSET LIVEに出店させてもらった経験がありました。野外フェスのような場所で音楽を楽しむことが、結構衝撃だったんです。

だから福岡に戻った時に真っ先に浮かんだのが、この糸島でした。音楽をしっかり楽しめるイベントもあるし、サーフィンや自然の中での暮らしにもすごく興味があった。帰ってきてすぐにこちらへ連絡をして、ここで働き始めました。

SUNSET LIVE|30年の苦労と、ゴミ拾いの時間

SUNSET LIVEの苦労を語る武蔵 巧さん

動画 13:20〜|ライブで得たもの

――30年続けるのは、相当な苦労や大変なことがあったのではないですか?

武蔵 巧
今ふりかえると楽しい思い出ばかりですが、寝られない日もたくさんありました。普段は飲食店のメンバーが中心になって、仲間たちとやっているイベントです。プロではないので、段取りなどは素人感も満載で、本当に苦労しました。

一番は、いろいろなところに気を配らなければいけなかったことですね。イベントは目の前のことだけで成り立っているわけではなく、開催までの仕込みや段取りに、ものすごい神経と時間を費やしてやっと開催できるものです。

それが2万人規模になると、ステージの数も、スタッフの数も、備品も、アーティストの数も、すべてが大きくなる。自分が全く気づけていなかったことに、たくさん気づかされました。それが一番大変でしたね。

ビーチクリーンも、もう20〜30年やっています。月に1回、第1か第2日曜日の朝9時から、サーファーの方々やサーフショップのメンバー、この辺りの飲食店の方たちが集まって。

SUNSET LIVEが始まった頃、次の日に浜辺を見たらゴミだらけだったらしいんです。それじゃいかんということで、早い段階から、ライブの最中に音を一回止めて「みんなでゴミ拾いをしましょう」とアナウンスする時間がありました。本当に環境のことを考えていたんだなと思います。

30年で区切り|地域への感謝と決断

SUNSET LIVEの歴史と、2026年の新たな舞台を伝える画面

動画 16:12〜|SUNSET LIVEに区切りをつけた理由

――なぜSUNSET LIVEに区切りをつけたんですか?

武蔵 巧
まずコロナで、イベントも飲食店も一旦全部ストップしました。コロナが明けて、もう一回火を灯しましょうと、もちろんやめる気はなくて再開しました。ちょうどその頃から無料のフェスも出てきたんです。呼んでいるアーティストが重なることもありました。無料でいろいろ楽しめるのは最高だと思うので、それもフェスの新しい形だと思います。

それから、30年のうち20年ほどは海水浴場でやらせてもらっていたのですが、土地の問題や、地代などのお金の問題も出てきてしまって。開催するためには言われたお金を用意しなければいけない立場です。

お金を払って開催を続けることで、街のバランスが崩れていくのも、すごく実感していました。ちょうど30周年という節目で、うちの代表も「もういいんじゃないか」と。

地域の方々には本当にお世話になって、たくさんパワーをもらって、感謝しかありません。やめないでほしいという声もたくさんいただきましたし、30年間楽しみにしてくださったお客さんもいます。それでも一旦区切りをつけるという判断は、良かったのかなと僕は思っています。

2024年、30年の歴史に幕を閉じたSUNSET LIVE。そして2026年、THE LUIGANS Spa & Resortを新たな舞台に、その物語は再び始まります。

ナチュラルワイン|朝倉のワイナリーで畑から学ぶ

朝倉の葡萄畑で作業する武蔵 巧さん

動画 18:44〜|今夢中になっているもの

――今、夢中になって取り組んでいることはありますか?

武蔵 巧
あります。バーテンダー時代に知り合った先輩のお店が日本のワインをたくさん扱っていて、そこでナチュラルワインを紹介してもらったんです。今まで飲んだことのない味わいで、また一つ扉が開きました。お店に置きたい、もっと知りたいと思いました。

先輩に「こういうナチュラルワインをやっているところはないですか」と話したら、紹介されたのが「とどろき酒店」さん。そこがやっている「Studio go go」というワイナリーが朝倉の方にあって、その収穫に初めて手伝いに行かせてもらいました。

もっと勉強したくて、休みの日ごとに畑を見せてもらったり、作業を手伝わせてもらったり。2020年、2021年くらいからで、今も通い続けています。それくらいハマっていますね。

普段は海の前にいるので、休みの日に山や森に囲まれて作業していると、また違った自然の良さを感じます。いずれは畑から醸造まで、1から10までワインづくりを学びたいと思っています。

――畑の作業は、やっぱり好きですか?

武蔵 巧
普段はお客さんの目の前で、お客さんからパワーをもらったり、楽しんでもらったりしていますが、ここに来ると今度は植物が相手になる。また全然違った面白さがあります。

飲食の仕事はクーラーの効いたところでしていますが、雨が降ったり、暑かったり、冬はとても寒かったりする中に身を置くと、自然の素晴らしさや、エアコンの効いた部屋のありがたみを、すごく感じます。

――体力的にも大変じゃないですか?

武蔵 巧
大変だと思うことはあまりなくて、今日はこれを学べた、という感じです。家から1時間半から2時間かかりますし、すべてボランティアです。普通の仕事に行くより早く、朝5時、6時に起きて、お金も出ないのに高速に乗って行く。不思議だなと思いながら、ニヤニヤしながらやっています。

オリジナルワイン|海辺の店で飲みきれる小瓶

ワイナリーで醸造の流れを説明する武蔵 巧さん

動画 24:12〜|オリジナルワインづくり

武蔵 巧
ここでは、使う道具を準備したり、瓶詰めやラベル貼りを手伝ったりしています。自分たちが使わせてもらっているボトルのラベルも、ここで貼っています。シーズンになると、収穫した葡萄をここに持ち込んで醸造していく流れです。

これがファーストヴィンテージのワインで、こっちがセカンドヴィンテージです。海沿いのお店なので、フルボトルを1本飲むのはハードルが高い。小瓶にしてみたらどうかという話をいただいて、飲みきれるサイズで作らせてもらっています。

葡萄は、ワイナリーが使わない葡萄と、朝倉の近くで葡萄農家をしている知り合いの葡萄を使わせてもらっています。そのつながりもあって2年連続で作っていて、次のものも今タンクで仕込んでいます。

自分も関わったワインを、葡萄の畑に行ってお手伝いしている話と一緒に、お客さんにダイレクトに説明できる。それがすごくうれしいんです。

人が好き|好きなことに、とことん没頭する

人が好きだと話す武蔵 巧さん

動画 25:44〜|人が集まる場所

――カフェ、イベント、ワインづくりと、人が集まる場をつくっている印象があります。意識していることなんですか?

武蔵 巧
意識は全くしていないですけど、人が好きなのかもしれないですね。熱いことや面白いことをやっている人って、すごく輝いていて素敵だなと思うんです。

特に自分が興味のあるジャンルやものだと、もう本当に時間もお金も関係なしに、そこに没頭してしまうところはあるかもしれません。

飲食もイベントもワインづくりも、単純に人に喜んでもらえる仕事だとすごく感じています。僕は好きなことしかやっていないので、本当に自分が好きで、それでなんとか生活していければ、それでいいのかなと思いますね。

自然とともに|これからの20年

夕日が沈む海を眺める武蔵 巧さん

動画 27:42〜|自然とともに生きること

――自然とともに過ごしているこの時間、生き方は、武蔵さんにとってどんなものですか?

武蔵 巧
意識したことがあまりないんです。20年以上、自然が中心にある中で生活してきたので、かけがえのないもので、本当になくてはならないものなのでしょうけど、僕にとっては当たり前のことですね。

――海や食事、音楽を通して、人に伝えたいことは何ですか?

武蔵 巧
海や夕日、食事、音楽を通して伝えたいのは、自然の素晴らしさが一番です。来てくれるお客さんも、働く僕らも、この自然に癒されて、自然が好きでこの場所に来ている。ここで出している野菜や果物も、この自然があるからおいしくできるんです。本当になくてはならないものです。

――この20年で、人としてどう変わりましたか?

武蔵 巧
この20年で、本当に素敵な熱い人たちにたくさん出会って、成長させてもらいました。順風満帆にいく人なんて絶対にいないじゃないですか。いろいろな困難を一緒に乗り越えてきた人たちが、今でもすごく助けになってくれる。ジャンルの違うプロフェッショナルな人たちにたくさん教えてもらった20年でした。あっという間でしたね。

――ここから先の20年は、どうしていきたいですか?

武蔵 巧
何年か前からオリジナルのワインも出してもらっていますが、これからは農業など、もっと違う形で自然の中に入っていきたいです。これまでは、できあがったものをおいしく調理したりドリンクにしたりして、お客さんの笑顔をたくさんもらってきました。もっと自然と調和しながら生活していく意味でも、農業にはすごく興味があります。

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